●ルーチン(routine)
日課として日々繰り返される一連の定型的な仕事。
職場における活動のリズムの基礎となっています。
効率的な作業手順とは何かを追究して、ルーチンが組まれている場合も多い。
回コンピュータに所定の作業を指令するための手順を精密に記述したものです。
プログラムと同義に用いられますがしばしばその一部の意味としても使われます。
例えば、プログラムは入力ルーチン、主ルーチン、エラー・ルーチン、出力ルーチンから成ります。
●リンゲル液(Ringer'ssolution)
リンガー溶液ともいいます
カエル'L臓の灌流実験のためにリンガー(Ringer、S.)(1882年)が考案した生理的塩類溶液。
ナトリウム、カリウム、カルシウムなど各種の無機塩類を生理的濃度で含み、浸透圧も体液に等しい。
動物の種類ごとに組成のやや違う溶液が考案されていますが「リンゲル」はそれらの総括的な呼び名としても使われます。
●リンケージ・エディター
アセンブラー及びコンパイラーの出力を結合して、ロード及び実行可能な形式に変換するルーチンのこと。
一般に次のことを行います。
(1)別々に作成されたオブジェクト・モジュールを結合する。
(2)あらかじめリンケージ・エディターで処理してあるロード・モジュールの全部ないしは一部を新しいロード・モジュールに編入する。
(3腫々のモジュール問の記号のクロス・リファレンスを分析、解明、結合する。
(4)制御部の除去、取り換え、挿入を行う。
●リンケージ
結合、連結。
グローバルな交渉戦略の1つで、双方の譲歩を巧妙に引き出して交渉を成立させる方法です。
アメリカとその同盟国の間でもはや自動的な経済協力が期待できない状況で、さらに国益が分散化の一途をたどる現代においては、リンケージ(連係)は外交交渉の重要な方策として注目を浴びています。
●リンチ
私刑。
基本的モーレス(mores;習律)の違反を罰するという形を借りて、法的手続きを得ない法機構外で加えられる暴力的制裁のこと。
しばしば極端な残忍性を発揮します。
規範的統制の不安定な社会では社会統制手段の1つになることもあります。
カジノ・テーブル真上の空中ブランコ実演や、カジノフロアに放たれた象などは、客を喜ばせたというより、カジノを騒然とさせ、不正行為が起きてしまうような場としてしまいました。
また、高額の入場料はそれに輪をかけて、多くの一般客を遠ざけてしまったのです。
これでは、客が喜ぶような顧客サービスの提供とはなりません。
不正のある怪しいカジノにハイローラー客が寄りつかなくなるのは当然のことだったそうです。
それに加え、「サーカス・サーカス」の宿泊部屋数がわずか300では集客力が小さすぎて、アトラクションの維持費を稼ぎ出すには不十分だったのです。
買収される以前の「サーカス・サーカス」は、これらを分析するというより、「シーザースパレス」を成功させた初代オーナー、ジェイ・サルノ独自のアイデアをそのまま実行に移したという点で、戦略策定の基本をはじめから無視していました。
当時のラスベガスの客層ほ40代~50代の人々で、収入的にも一般と比較してかなり余裕のある層でした。
当然、ラスベガスに子供を連れてくるという客層はまだ見られなかったそうです。
あくまでギャンブルと大人の町というのがラスベガスのイメージだったのです。
「サーカス・サーカス」がターゲットとしていた客層も、基本的にはハイローラー(一晩に10万ドル以上使うような高額プレイヤー)か、クレジットカードで遊ぶ客でした。
しかし、そのターゲット客層に対応した集客戦略がとられていたかと言えばそうではなかったそうです。
カジノホテルのマーケティングは、普通のホテル以上に集客力を重視するそうです。
それは、カジノの業績が、直接ホテルの集客力に大きく影響されるためです。
奇抜なアトラクションを目玉にした「サーカス・サーカス」の発想はよかったのですが、マーケティング上の戦略策定を誤っていました。
カジノホテルの戦略策定といっても、一般のホテルとそうちがっているわけではありません。
市場戦略の立案にあたっては、まず、
☆市場の細分化
☆市場ターゲットの確定
☆それに相応したマーケティング戦略
というプロセスを経る。そして、市場細分化を決定する条件として、
☆立地条件(場所の特性)
☆人口統計的条件(顧客の特性)
☆行動的条件(利用頻度やニーズの特性)
☆心理的条件(精神的・感情的な動機特性)
以上の4つの側面をベースに分析、細分化するのが標準的手法です。
「サーカス・サーカス」は「シーザースパレス」に続き、ラスベガスのテーマホテル第二号として、1968年に華々しくオープンしたものの、開業後5年間、赤字続きだったそうです。
そのたて直しを図るため、ベネットは再建計画を立てます。
「サーカス・サーカス」は当時、部屋数が300の小型のカジノホテルでした。
カジノで遊びながらサーカスも楽しめるという奇抜なアイデアで、オープン当初はラスベガス中の話題となり多くの客が訪れたが、想定したターゲットと集客戦略のズレは、5年間の赤字経営という結果をもたらしました。